来年の干支はワンちゃんだなあ、と思ったので。

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この鈴付きの首輪をいつ使おうかと思っていたので、ワンちゃんが出来て良かった。
(子どもたちに、クマに首輪をするのは可哀想、と散々言われていたので…。犬ならいいの?と訊くと、犬は首輪を納得して付けてるから、だそうです。……ほんとかな…??)


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横顔はいつものMIELさん顔。
横顔はいつ見てもカワイイ〜〜〜です(親バカ)^^;)

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ベロチョロ付けてみました。

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それはそうと。

小ちゃいお目目のコは今回、3匹だけになります(多分)。

で、(これも多分、なのですが)
ネイアニへ連れて行く子は全部、イラストとセットになります。
もちろん、イラストだけ、ベアだけ、のお迎えも可能です。


イラストはこんな感じになりますかね…

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線画のみ、のものになるかもしれませんが、
こんな風にセピアトーンの着色をするかもしれません。

※ こちらの絵は、以前にオーダー頂いたもののうち、描き直しをしたためにボツにしたものです。処分はおまかせ頂いているので、着色をしてみたり、日焼け等の耐久性を調べるために我が家に保存しています。


線画のみの場合は、こんな感じ ↓

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線画のみと、着色有りと、どっちが良いかなあ……?
(着色とは言っても、フルカラーではありませんので念のため…。ぜひネイアニの会場で、直に見て頂きたいと思っています)







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# by bearbunch | 2017-11-20 21:57 | ハンドメイド。 | Comments(0)

引き続き、小さいお目目のコが生まれました。

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アンティークライクウールのモコモコさんです。
小さい子がベッドに持って入る…みたいなイメージがあったので、お腹の詰め物は軽めです。

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画像ではあまりよく分からないですが、全身汚れ加工のペイントありです。

小ちゃい子が持って歩いていて、あちこちに落っことしたので汚れちゃいました、でも大事にしてるんです、その子なりに。……というイメージ。
クリスマスなので、お母さんが、持主の子どもと同じ新しい赤いマフラーを編んでくれました…という物語付き?

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横顔はもちろん、いつものMIELさんのデコッパチ&ハナペチャ。

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小ちゃいオメメさん1号(右側の変わった色のマフラーのコw)と同じ型紙です。


なんだかこのシリーズ、増やしたくなって来ました(^^)



*********************

<お知らせ>

12月3日 ネイチャーアニマルワンダーランドに出店します。

<ぶんち・べあ>、私のブースはH−9です。

お隣は小ちゃくてスタイリッシュなクマちゃんたちが素敵な<みい印>さんですよ〜〜。

このコたち(↑)も連れて行きますのでぜひ抱っこしにいらしてくださいね♡


ネイチャーアニマルワンダーランド
   12月 3日
()
     
12:00~17:00 ★当日配布の整理券をお持ちの方
11:30より順次入場。
整理券の配布方法は・・・こちら



東京都 浅草 都立産業貿易センター 台東館 4階(半フロア-北)


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# by bearbunch | 2017-11-16 15:38 | ハンドメイド。 | Comments(0)

ちっちゃいお目目。

MIELさんの特徴は、アンティークのチャドバレーベアと同じ大きなアイなのですが(MIELさん自体がチャドバレーベアをリスペクトして作っているし)、ふいに目の大きさを変えてみよう、と思いました。

いつもとまったく同じ型紙でお顔を作ります。
デコっぱち、鼻ペチャのいつものまんまるなお顔です。

そして、
普段だったら9ミリのグラスアイを使うお顔の大きさなんですが
何を血迷ったのか、6ミリを入れてみた。

(ないないない、可愛いかもしれないけど、私のクマの顔にならない)………

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あれ?
可愛い………
なんだろう…これ、有りじゃない?

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アンティークのベアで、左右で配色が切り替えになっているコを見て、大胆に色を変えてみたいと思いながら大胆になれなくてゴールドにスモーキーピンクを入れて…(これがお尻のグリーンのネームタグと合うんですよ、久々に色合わせで成功したって感じ。手足のパッドもグリーンがかったブラウンです)

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このマフラーも良いお色でしょ?
ソックヤーンていう靴下用の毛糸なんですけど、糸が次々に色んな色に変わるように染められているので、ただ長編みで編んだだけです。

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危うく耳付け位置で、ネズミみたいに見えそうになったけど(笑)一応クマですよね。

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立っちで約27センチ。
自立はしません。
全身コピックで汚し加工しています。

このところ、ボロボロ加工が気に入ってます… ネイアニではボロクタコーナ―作るかも。

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うん、どんどん作ろう。


※※※

憧れのベア作家Sさま。凹んでいた私にお花のプレゼント… ものすごく嬉しかったです…
同じく作家仲間(大先輩♡)のMさま。大丈夫じゃないよ!って心配してくれて、ありがとう…
お教室のお友達のKさま。温かい支えのメールに涙しました…。

インスタやツイッターに励ましのメールをくださいました皆さん、ご心配おかけしています。そして、本当にありがとうございます。
もうしばらくきちんと悲しんで、ちょっとずつ前に進みます。

ネイアニのあと、来年3月にはまた恵比寿への出店が決まりました。
7月のコンベンションにも、一人でも申し込む予定です。コンテストにも挑戦してみます。

なので、今後とも、どうぞ応援よろしくお願いいたします(^^)!





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# by bearbunch | 2017-11-09 22:27 | ハンドメイド。 | Comments(0)

癒しのボロクタさん

誕生したばかりですが、ボロボロです。

無心に針を進めることで、救われていました。

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ホントに何もする気になれなかったのですが、黙って作業していると、気持ちが楽でした。

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肩にかけているのも、アンティーク(仏)のボロっちいボネです。
被ることも出来ます。

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可愛い表情が出せないかも知れないなと思いましたが、いつもどおりの位置に目鼻を据えることで、なんとかなりました。
はっきりした表情を出さない方が、ボロクタアンティークらしくていいみたい。

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頑張らなくても良いよ、と言われていますが、

頑張ります。

(^^)



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# by bearbunch | 2017-11-02 09:32 | ハンドメイド。 | Comments(0)

インナーチャイルドケア

幼少時、親に充分可愛がられずに育つことで抱える問題…として最近理解されて来た「AD」(アダルトチルドレン)。
理屈は分かるのだけれど…

で、それを癒すための方法としての「インナーチャイルドケア」というのも、一通り知っているつもりなのだけれども…。

ヒプノとか、いわゆるセラピーはおそらく無駄。
少しでもスピリチュアルっぽい匂いがするだけで(例えば気功程度のものもダメ。効いたためしがない)駄目。

どうしてかと言うと、
私の場合はたぶん、ADの由来がそもそも、宗教だったから…なのです。

母が我が子よりも宗教を(子どものために善かれと思って)選んでいた、その事実が私の幼少時を蹂躙したことは、もう間違いないから…。

母が一生懸命、全身全霊をかけて「我が子のために」と信奉した宗教が、まさか我が子から母親を奪っていたとは、母自身気が付いていなかったのでしょう。



あー…
でも。

それだけじゃあなかったかも知れませんけどね。


私自身が母親になってから、母の取っていた行動を考えると「私だったらしないな」と思うようなことが結構あります。

例えば、昨今問題になっている「無痛分娩」。
母は、私と妹を生むとき、「無痛分娩」を選択しました。
今でさえ、完全な手法が確立されておらず危険が伴うことは周知の事実。
50年前の無痛分娩は、一体どれだけ危険だったのか……

(ここでもう、私自身が母親だったなら「やらないかもな」と思いますね)

私には、頸椎に先天的な歪みがあります。
外見からは分かりませんが、小さい頃は斜視に悩まされました。今でも左右の視力が極端に違います。
無痛分娩との因果関係がゼロだとは思いません…


母は、母乳育児を嫌いました。
…というより、率先してはしなかった、と本人が言っていました。
(当時は、母乳で育てると胸の形が悪くなると言われていました)
生後一ヶ月で、粉ミルクにしたそうです。
後年、免疫機能が極端に低い私を見て、妹の時は「我慢して」母乳にした、と本人から懺悔されました…
(小学一年生の時は、半分は体調不良で学校に行けなかったほどです)

(これだって、私だったら「胸の形」云々のために母乳を止めるなんて考えもしません)


妊娠前にしていた幼稚園教諭の仕事を、母はずっと続けていました。
通勤に、片道1時間半はかかる遠方の幼稚園に、娘たちを祖母に任せきりで通っていました。
それは私が10代に入る頃まで続けられていましたから、私は学校でいじめに遭っていたことも、学校帰りに痴漢に遭っていたことも、母には話すことが出来ませんでした…

(私だったら、自分の子を放って他所の子を面倒見るような仕事は、いくらライフワークだと思っていても、ちょっと考えます)

母はとにかく料理がへたでしたから(ピアノを弾くための手であって、水仕事をさせるな、と夫(父)が言ってたんだからもう仕方ない)まず「お母さんの味」というものが私にはありません。
一対一でしてもらったことで、覚えているのは寝る前の読聞かせでした。
読んでもらっている本の内容を、私は暗記して暗唱していたらしいです。何冊も何冊も、もっと読んで、といってなかなか寝ない。それだけ、嬉しかったからなのですが…
でもついに母は読み聞かせをやめて、ナレーション付きのレコード鑑賞に切り替えたのです。

語りで進行する、チャイコフスキーの「くるみ割り人形」「ピーターと狼」「白鳥の湖」。
この3つを、毎晩ヘビロテで聴いていました。
(まあ、そのおかげで、全幕全曲を覚えています。特に「くるみ割り人形」は完璧です)

まあ、それはそれで、良しとしますが……。




なんだか、ガクー………。

こうしてみると、
母という人は、「母親向き」ではなかったのだなあ、と改めて分かるような気がします……

まあ、そうだろうなあ。

とにかく、お人形さんのような人でした。
吉永小百合、オードリー・ヘップバーンと並んでも遜色がなかった、
そういっても言い過ぎじゃないと思います。
学芸大出で、ドレスを着てオーケストラをバックにオペラを歌っていた人です…
銀座のホコ天を歩けば、10人が振り返る美人でした。
60を過ぎてからも、近所にファンがいました(母の学生時代のファンクラブ?の者です、というオッサンに私も会ったことがあります)。
プロポーションが特に、「ローマの休日」のオードリーにそっくりでした(そう思ったのが、私が20を過ぎてからでしたから、本物です)。

母と知り合った当時オーケストラの指揮者をしていた父は、母と結婚した時、母の奇麗な手が荒れるのを嫌って、水仕事を一切させるな、と自分の母に(つまり姑に)言ったそうで、それを見ていた父の妹(叔母)が歯ぎしりしたとかしないとか。(レット・バトラーか!)


子どもはもちろん、保育園やおばあちゃんに押し付けていたって、育ちますよ、ええ。
そんなことは分かっています。

ただ、そこで母が間違っていたのは、
娘たちと触れ合う貴重な短い時間を、「宗教」をお手本に接していたことでした……
(父は宗教に嫌気がさして、私が6つの時に不貞を働き、離婚と相成りました)
それもあって、だったのでしょう。
母は、父を失って以来、娘たちに対して「可能な限りよい教育(宗教)を」と考えたのかもしれません。


母が仕事に出ない日に、私が母と一緒にしていたこととは、
なんと母の信奉する宗教の布教活動に参加することと、集会に出席することでした。

真夏の炎天下、または木枯らしの吹く中、行儀良く黙って戸別訪問をする母の傍らでじっとしていること。
それが上手く出来ると、母はことのほか私を褒めてくれました。
……ただ、「エラかったね」の一言が聞きたくて、いやいやでしたがくっついて行っていました。

週に3回、母に連れられて、2時間の集会に参加すること。
壇上で話している人が、何を言っているのかまるで理解なんか出来ませんが、やっぱり母の隣でじっと座っている。
2つや3つの子どもにじっと2時間座り続けることを強いた集まりですが、母から「エラかったね」と褒めてもらうために、いやいやでも参加しなくてはなりませんでした。

学校でどんなに良い成績をとっても、
コンクールで金賞をとっても、母は喜びませんでした。
ただただ、宗教で勧められることを行う。
母が喜んでくれるのは、その時だけでした。
得意だった絵を生かして仕事に繫げようとしても、宗教の妨げになるからと反対されました。
(十代の頃、何度かマンガ雑誌でデビューする機会があったのですが、ことごとく泣かれて辞退しました)
子どもの頃の夢は他にもたくさんあって、自分で言うのもおこがましいですが、どれもが手の届くところにありました。親以外の人が応援してくれて、掴めたはずの夢が幾つもあったのに、「保護者の同意」がなかったために私はそれをことごとく手放しました。

(これだって、もしも私が親だったなら、全力で応援しましたよ!)


一体……

母の子育ては、
どこをどうすれば「子どものため」になったんだろう……
とにかく母の望みは、娘たちが「宗教の信条に照らした良い子」になることでした。
ひいてはそれが、娘たちの幸せにつながる、と信じて疑わなかったのです。
私たち自身の気持ちや感情には、まったくお構いなしに。

「善かれ」と思ってやっていることですから、タチが悪いですよね…


これも最近よく話題になる「毒母」。
傾向はそれに良く似ています。

けど、母の場合は、宗教が介在していましたから「隠れ毒母」ですね。
娘たち以外から見ると「非常に好ましい優しくて賢い思い遣りのあるお母さん」でした。同じく子育てをしている宗教の信者たちからみても、模範的な母親。
それが、娘たちに取っての虐待にあたるということなど、母も母の周囲も、思いも寄らなかったでしょう……
もちろん、私だって40を過ぎる頃まで、知りませんでした。

母が悲しそうにするから、母の希望通りに宗教関係のことを率先してやったり自ら信者になったりして「見せました」。
けれど、私は母に対していつも罪悪感を抱いていました…「悲しそうにさせるのが嫌さに」言うことを聞いていただけでした。
進学も就職先も男女交際も、反抗しつつも結局はすべて、(表面上だけでも)母の思う通りにし続け。
ついに、苦しくなって家を飛び出したのは、20代後半にもなってからでした…

人生の岐路、要所要所で「自分のためには何も」決定して来なかった、という思いを抱えたまま、私は母の望まない相手と結婚し、母を遠ざけて生活して来たのです。

でも、その後12年ばかりして、母は脳出血で倒れ、認知の覚束ない人になってしまいました……



宗教と、娘と、どっちが大事?
その問いには、健康だった頃はっきりとこう答えを突きつけられました。
「宗教の方が大事。これを信奉しないアナタは、死んだも同然」

年を取って介護が必要になっても、アナタたちには世話にならない。
アナタたちは、信じることをやめたのだから、教えによれば「ハルマゲドンで滅ぼされる」。
だから、もう今から死んだものと思って諦めるから。
そう豪語していました。
けれど、結局世話をしていたのは娘たち。


……酷い話ですよね。





インナーチャイルドケア、というのは、
幼かった時、親の愛情を満足に受けられなかった自分を、
大人になった自分が癒してあげる、というイメージセラピーの手法なのですが…

理屈が分かっていても、どうにも上手く行きません。
酷い目にあった、とはいえ、母自身は「善かれと思って」やってきたことだからです。
しかもその「善かれ」というのが、半端ない。
娘の私たち自身も半ば洗脳されて育って来たので、その洗脳が完全に解けているわけではなく、随所に戸惑いが残る状態です。



一番 酷なのは、これかな…

母の宗教では、
死んだ信者は、神がハルマゲドンで非信者たちを何十億と滅ぼした後、楽園となった地球上で復活させると教えています。
(おぞましい大量虐殺が起きることを願ってると言う、冷静に見たらとんでもない信条なんですが、本人たちは分かっていません)

母と母の信者仲間たちは、例えこの世の中で脳を患って寝たきりになっていても、来るべき「楽園」で復活するし、復活した時には健康体を取り戻す、と信じています。

死は敵ではなく、通過するだけの深い眠り。
天国も地獄もない、霊魂など残らない。
だって「復活するんだから」。
それが希望なのだから。
(それがために、彼らは輸血を拒否して自ら死ぬことすらあります)

でも、今となっては私たちは、その信条が馬鹿げた作り話だったと理解しています…
母の信奉していた宗教は、海外で大規模な犯罪行為を犯していて、その賠償金を賄うために莫大な寄付金を横流ししていることが発覚したのですが、日本の信者たちにはそれが伝えられていません。事実を見聞きすることは、背教だと刷り込まれているためです。

やっぱりインチキ宗教じゃないか。
そう分かっていても、もはや手遅れ……

もともとあの宗教のアラを探すと激怒しましたし、母の認知症の頭では絶対に理解出来ないことでした。
真実を知る事無く、母は逝ったわけです……それが、せめてもの救いかな。


ただ、そんな中途半端な覚醒状態のためなのか、
私はいまだ、母の遺影や遺骨を目の前にしていても、
「ここに母がいる」と思うことが出来ません。
洗脳によれば、遺骨はもはや、「ただの物体」であり、当人は楽園への復活に向けて神の記憶の中にいるのです。

母の好きだったドリップコーヒーを「母の分も」淹れて遺影にお供えすることも
あの宗教の洗脳によれば「無駄なこと」であり、故人を偶像扱いするという、いわば「背教的行為」にあたります。
となれば、母がここにいたら激怒し悲しむ行為なわけです。

私なんかの思いつくことではなく
あの宗教のお友達といっしょに、あの宗教にのっとった好ましいことをするほうが
母は嬉しいに違いない。
そう思うと、遺骨の入った箱を蹴飛ばしてやりたい衝動に駆られたりもします…
とてもじゃないけど、そんなことは出来ませんが…


一体、
私はどうしたらいいのでしょう。




薬を飲んでも眠れませんし、頭痛は収まりません。
首と肩と頭がずっと痛んで呼吸もおかしくなっています。


娘さんを自転車の後ろに乗せて走る若いお母さんを見ると、涙が出ます。

信号を、手をつないで渡るお母さんと子どもを見ると、涙が出ます。

葬儀後の手続きをしに向かった区役所では、娘の保育園の手続きに来ているお母さんと隣り合わせになりました。

「子どものために」。
抱っこして、おんぶして、抱きしめて。
歌ったり、笑ったり。

ごく当たり前のことをしているお母さんの姿を見る度、泣きそうになります。

なぜ、私のお母さんは、あんな風に当たり前の子育てをしてくれなかったんだろう。
私だったら、
私が、私のお母さんだったなら、
もっとこうして上げたのに、ああして上げたのに。


まさにインナーチャイルドケアに相当することをイメージしていても、苦しくてどうにもならないのはなぜなんでしょう?







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# by bearbunch | 2017-10-31 01:42 | 認知症な母の話。 | Comments(0)